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何が何だか、居残った顔触れには全く要領を得ないような“合言葉”での線引きをされたその結果。奇しくも…なんて言うとコックさんから叱られそうだったが、この島育ちの職人さんたち以外の悪党ばかりが、顔を揃えているという次第になった訳で。選りにも選って、上質のカキへの蘊蓄話であっさりと“いい人”という信頼を受けてたらしきサンジさんだったことへ、
“何かまだ腑に落ちないんだが。”
まあまあ、ゾロさんてば。こうまで暢気な島だからこそ、ああいう特殊な勘とか間合いが勝利することも有りということで、この際は良しとしましょうよ。突然現れた素性の良く判らない人々という立場から言えば、悲しいかな…おいしい儲け話である博奕を持ちかけてた連中より もっと怪しい奴らだと、選りにも選って、助け出さんとしていた対象の方々から警戒されたかもしれないところだったんですから。だってほら、
「何なんだ? お前らはよ。」
よっぽどこの作戦に自信があったのか、それともこの島の職人さんたちってのは、あんな回りくどい手を使ってでも傘下に収めたいと思うほど重宝がられる存在なのか。どっちにしたって唐突にしゃしゃり出て来て邪魔をしたことには変わりなく。先程、仲間を薙ぎ倒した凄腕コックさんが、結構あっさり立ち去ってしまったことをどう解釈したのやら。居残った二人、若造剣士と麦ワラ帽子に随分軽装な年端も行かない小僧という顔触れを前に、もしかして…こいつらだったらさほどは恐れるに足らぬと解釈したのか。せいぜい怖がらせようとしての前振りに、まずはと思い切り目元を眇めて凄んで見せる賊どもだったりしたのだが、
「ひの・ふの・みぃの…、四十人ちょっとか。」
わざわざ指を差し、奥の方へは首を伸ばしてまでして数えてたのがルフィであり、
「向こうで小屋の下敷きにしたのはその半分くらいだったから、これで一味の大方全部ってとこだろな。」
一体何を企んでいやがるのかは知らねぇが、そうそう大掛かりな所帯でもなかろうよと。ふんっと鼻で笑ったゾロの言いようはさすがに判りやすかったか、むむうと険悪な空気が相手方へと垂れ込める。
「小屋を襲ったのも手前ぇらかっ!」
「こんのガキどもがっ!」
さっきは少々呆気に取られた格好にて、機先を制された彼らだったものの。単なる腕自慢同士の叩き合いでなら負けはしない。いかにも恐持てのする相手でなし、一気に畳んじまえとばかりの戦闘体制剥き出しの体になり、蛮刀や棍棒を手に手に構えて、一斉に躍りかかって来たものの、
――― 降り落ちる月光の、冴えたる光も実はおぼろで。
確かに見定めていて、そこへと殴り掛かっているのにも関わらず…掠めもしないのは一体どういうことなのか。明るい筈の月光の下だのに、揺れるススキの草むらが、彼らに加勢しての幻でも見せていたりするのかと。そんな馬鹿げたことを ついつい疑いたくなったのは、
「…くっ。」
「このガキがっ!」
いくら祭りの晩だとて、こんな夜中にこんな場末で、しかもいかにも恐持ての自分たちへ、こんなくらいの頭数だってのに真っ向から立ち向かって来たほどだから。喧嘩慣れしているからこその、太々しい態度なんだろうというのは想定のうち。多少は度胸もあろうさと認めた上で、だが。こちとら荒海で長年生きて来た猛者揃いで、単なる諍い以上の修羅場に立ってた経験だって山とある身。企んだことこそ…この島の腕の良い職人たちに無理から手伝わせ、世界政府発行の金貨の偽物、つまりは“偽金”を作らせようという、ナミさん大正解な代物、濡れ手に粟という浅はかな計画だったのだけれども。自分たちの腕っ節で凄めば、罠が破綻したとても上手く運ぼうと信じて疑わなかった荒くれ共だってのに。これだけの手勢で一斉に襲い掛かっているのに、何とも容易く避けられ躱され、そして、
――― かなりの痛さで容赦なく、
片っ端から殴り返されている現実が、どうにも信じられなくて。
これまでが上首尾にて運んで来ただけに尚のこと、信じられなくて動きが凍る。たった二人で、なのにそりゃあ手際良く、これだけの数を物ともしない若造たちに。こんな筈じゃないという思いがまだ勝っているらしく、現に圧倒されているのだという現実をどうあっても認めたがらない彼らであり。
「くっ!」
「何してやがんだっ。」
「だってよぉ…。」
どっちの若造も、体つきとて大きくはないし、変わった体術だの特殊な拳法だのを使っている気配もない。刀を3本も腰にしていた剣士の方は、どっかでそんな奴がいるとの話を、聞いた覚えがないではなかったが。こけおどしにってそんな馬鹿をしている奴もいるからと、勝手に高をくくっていたならばこれがまた滅法強い。よほどに練られた腕前で、攻防一体とかいう奥義を極めている男であるのか。どっから何人で向かって行ったとて、水も漏らさぬノリにての剣さばきも鮮やかに…付け入る隙が全くなくて。鋭くも鮮やかな牙を剥いてる刃の切っ先が、突っ込む端から容赦なく、必ず正面からのお出迎えをしてくださる周到さ。単なる膂力のみで出来ることではない、達人の手腕というものを、こんな場にてまざまざと思い知らされており。それにも増して、素手の方。まだまだガキの面差しも屈託がなく。これだけの数に取り囲まれていながらも、妙に楽しげに笑っており。こっちは数人がかりであり、特に連携の打ち合わせなんぞしなくとも、例えば…先に突っ込んだ誰かが躱されたなら、それで大きく体が開くことだろうから、そこへと付け込んで次の手合いが続けざまに突っ込めば、隙だらけのどこへでも躍りかかって切りつけることが出来ようと…小狡い手管を踏むのがセオリーになっていたりもするのだが。
「おっとっと♪」
そんな隙を衝かれかけても、余裕の態度は微塵も揺るがず。一気呵成に仕掛けたこっちの仲間を、卑怯は承知の捨て駒に。それを避けたがゆえの、攻撃直後の不安定な態勢へと高々と振り上げた青龍刀ごと躍りかかったつもりが、
「な…っ?!」
隙だらけの身がそのまんま、細っこい手足をぶん回しつつ、無理のない動きにてくるりと向こうへと逃れゆき。そんな彼がいた場所へは…いつの間にやらもう一人の相棒が、夜陰に冷たく光る剣をきっちりと構えた余裕の態勢にて、飛び込んで来た手合いを打ちすえんと待ち構えていたりするもんだから。
「わっ、わっ!」
「ちょ…待てって!」
「がはぁっ!」
これも情けか、刃を逆にした峰側でとはいえ。肩口だの手元だの、強かに殴られた激痛に息を詰まらせては、何人もが一遍に…戦闘不能を訴えながら、その場に声もなくうずくまる始末。まるで舞台芝居のどんでん返し。背中合わせになったまま、互いの顔さえ見もせずに。なのに…特別な仕掛けを器用にも駆使しているかのような小気味のいい鮮やかさにて。自然な動き、呼吸の合いよう。片やが動いて空いたスペースへ当たり前の呼吸でもう一人が踏み込んで来て、流れるような所作から溢れる、勢いや加速の乗った的確な攻勢を敵へと繰り出し仕掛ける。どっちが手の多い有利な軍勢なのやら判らないほど、こっちの二人の何ともなめらかで切れのいい動きと、そこから鮮やかに決まる拳や剣撃の、爽快さと見事さよ。
「…かはっ!」
最後の一人を横薙ぎ一閃。やはり峰打ちにてゾロが叩き伏せたところで、もう立っている者は一人もいなくなり、
「何だなんだ、もう終わりかよ。」
ルフィが残念そうに言いながら、麦ワラ帽子の庇へと手をかざして辺りを見回した。まるで年老いた巨人の髭の密集地のように、枯れかけのススキがいっぱい生えてた草むらは、まるで文鎮代わりのように、男どもがあちこちに倒れていることで草の束が押さえられ、見通しが随分と良くなっており、
「この期に及んで隠れている奴がいるとも思えんからな。」
騒然としていたものが一気に静まったこともあり、彼ほどの使い手であるのなら、息をひそめていたところで何処にいるやら探知も容易い剣士さんが言うくらいだから。此処に居たクチは全部を平らげたに違いなく。ただ、
「面白れぇことをしてくれてんじゃねぇかよな。」
不意なこととて、覚えのないそんな声がして。んん?とそれは無造作に、ルフィもゾロも声のした方へとお顔を振り向けてみれば、
「賭場小屋へ行ったら妙な連中が俺の手下を簀巻きにしてやがるわ、船へ寄ったら留守番の賄いしか残っちゃないわ。何が起きたかと此処まで来てみりゃ、この爲軆(ていたらく)。」
やれやれと憂鬱そうに首を振って見せた…こんなにも遅ればせながら登場した彼こそが、この一味の頭目であるらしいのだが。
「………ブタだ。」
「何だとぉぅ、失敬な。」
あやや〜〜〜。こりゃどうも すいませんねぇ、適当な嘘をつけるほど器用じゃない子でと。ますます怒られそうな弁明をしてしまいたくなるほど。ルフィの指摘は素晴らしく的確だった。どっしりと大きな体躯は、胸や尻より肩幅よりも、腹部が妙に突出している、所謂“ビア樽”体型だったし。首のないまま肩の上へ埋まって座ってたお顔も、あのその何と言いますか。頬と顎とが一体化していて、下膨れになっていて、おにぎり型の三角形なところとかが…いかにも。
――― 月光に照らされし銀色のススキ野原に忽然と現れた、一頭の巨豚。
メルヘンですねぇ。
「…どこがですか。」
あらいやだ。そんなきっぱりとしたお声をかけたは誰ですかと、背後を見やれば…。
「…何で戻って来てんだよ。」
「方向音痴二人を置いてっちゃあ、船まで戻って来られねぇかもってな。」
こちらさんは筆者と違い、振り向きもしないでっかい背中からの問いかけへ。まず応じたお声は、間違いなくシェフ殿のそれだったのだけれども、
「…ねえねえ、マリモのお兄ちゃん。」
「〜〜〜〜、お前どういう呼び方を教えてんだ。」
「おや、俺が吹き込んだってよく分かったな。」
…判らいでか。(苦笑) 何だか話が一足飛びなんで、もちょっと細かく状況を咬み砕きますならば。我らが船長さんが、後から駆けつけたらしき相手側のボスとの一騎打ちに雪崩込まんとしているそのタイミングに。やはり こそそとこっちの修羅場へ運んで来たのが…女性陣と一緒に灯台守りのおじさんチの小屋があった辺りで待機していた筈のリサちゃんと、さっき村の職人さんたちを引き連れてったサンジさんとで。
「………。」
何でこの子が此処に居るのだと。騙されていたらしいお兄さんも助け出したし、もう用向きは済んだんだから、まんま街へ帰らせんかと言いたいのだろう、肩越しにこちらを見やってる剣豪の渋面へ、小粋に眉根を上げて見せつつ笑い、俺が強引に計らうことじゃないと躱したシェフ殿であり。…こういうことが無言のままに通じちゃうのは、さすが双璧のコンビネーションというところかと。そんなト書きが気に入らなかったか、(いやん)
「向こうは良いのか?」
顎をしゃくって、女性陣に…素人の職人さんたちとはいえ、結構腕っ節はありそうな顔触れもいた男衆たちを任せてて大丈夫なのかと。暗に、お前らしくもねぇなという含みのある言いようをしたゾロだったが、やはり動じぬシェフ殿。
「ウチのレイディたちだぜ? 不安はねぇさ。」
腕っ節が頼もしいという意味だったら色んな方向へ大いに失礼な言いようだが、でもまあ間違った認識ではないのだし、それに、
「リサがちゃんと叱っておいたから大丈夫だよ?」
付け足された一言へ、うんうんと感慨深げなお顔で頷き、何だかすっかり馴染んじゃった感のある余裕の表情にて、当のリサちゃんまでもが太鼓判を押す。
「お兄ちゃんと、あとマサカのおじさんもキッチョのお兄さんも、リサがしっかり叱っておいたからね。それと、ナミさんたちのこと、信用出来る人たちだってことも言っておいたし。」
知らない人についてっちゃダメって、いつもならお兄ちゃんがリサに言ってたんでしょうがと、もうちっとで インチキされて大っきな“しゃっきん”てゆーの作らされて、そいから“ゆーかい”されるとこだったのよ? さっきのおじさんたちはお兄ちゃんたちをどっかへ攫ってって悪いことをさせるつもりだったんだからと懇々と諭しつつ、そりゃあおしゃまに叱っていたから、
「俺の誘導へってついて来てたのは、その直前に暴れて見せた腕っ節を恐れてって空気が濃かったところが、リサちゃんがいたことで一気に、こっちの言うこと、信用してくださったみたいで。」
顔見知りのお嬢ちゃんの彼らへの懐きようを見て、他の職人さんたちもほだされてくれたようで。本当はどういう企みを抱えてた奴らだったのかを改めて説明し、そのままウソップとロビンとが村までを送ってやってるそうだとか。それはともかく、
「ねえねえ、どうしてルフィ一人で放っておいてるの?」
すっかりとお仲間意識が固まったらしきリサちゃんが“助けないの?”と小首を傾げて見せたけれど、
「構わねぇんだよ。」
立ち位置さえ数歩引き、愛刀も既に鞘へとしまっていたゾロが、そりゃあ尊大な言いようをする。
「でも、何だか強そうな奴だよ?」
背丈だって横幅だってルフィの何倍も大きいし、弾けそうなお腹にあんな大きな剣を挟んで持ってるしと、不安そうな声を出し、
「斬られちゃうかもしれないよ?」
片やのルフィはやっぱり素手の丸腰。仲間内の中でも小さい方の、どうかしたら“子供”なのにと、そんな把握でいたらしい彼女であり。刀を一杯持っていて、さっきも向こうであっさりと小屋を潰してしまったほどに、一番強そうなゾロがいながら、なのにどうして加勢をしてやらないのかと。ハラハラしつつも怪訝そうに訊いているリサちゃんであるらしいのだが。
「下手に手伝ったらへそを曲げやがるからな。」
腕を組んでの尊大な素振りは、だが、彼としても実は本意からの姿勢ではないらしく。リサちゃんとは違い、口調と裏腹な声の低さからそれがそうと判るシェフ殿がついつい苦笑する。
「へそを曲げるって…ルフィが?」
意味が分からないらしいリサちゃんなのも無理はなかろう。先程の大騒ぎを見ていない彼女だから、此処に倒れ伏す輩たちがどんな鮮やかな手際で伸されたかも知らず。二人掛かりだったからこその戦果なら、いくらたった一人が相手であれ、ルフィ一人であたるというのは不利なばかりなのではなかろうかと。極めて真っ当な心配をしているらしかったけれど、
「ああ。」
短く応じただけの剣豪さんに成り代わり、
「例えば。」
すぐ傍らに屈み込んだシェフ殿が、判りやすいようにと解説にあたる、フォローのきめの細かさよ。
「リサちゃんはもうお姉さんだから、自分でボタンも留められるよね?」
「うん。」
「なのに、さぁさ早く着替えましょうねって、お母さんが勝手にボタンを留めたり外したり、お洋服を手際よく広げてくれたり。色々と至れり尽くせりにお手伝いをしてくれたらサ。便利だけど、助かるけれど、自分で出来るのにってちょっとは腹が立たないか?」
「うん。リサ、ブーツの編み上げの紐も自分で通せるんだよ?」
それは凄いとにぃっこり笑ってあげてから、
「それとちょっとだけ似ていることでね。ルフィは、あのくらいのおじさんだったら自分一人で倒せるって思ってるから、そこへと手出しをして“お手伝い”なんかしちゃったら、あとあと凄んごく機嫌が悪くなっちゃうんだ。」
あまりに掛け離れた例えのような気がしたが、判る?と問われて…リサちゃん、こっくりこと頷いた。結構利発な子だなとは思っていたが、こんな無茶苦茶な説得を飲めたとは。それこそちょっと意外で、ゾロがこっそり…視線だけを投げやれば、
「リサもね? タブン先生が嫌いなの。
だって、花壇作りをしていたら、勝手にどんどんレンガを積んでしまってね。
あたしたちでも運べるのに、お手伝いだよって言って、
花壇も自分の好きなように作ってしまうの。」
大人って勝手よね、しかも出来上がった花壇がまた、凄んごくダサイし…などと言い、憂々しきことよとうんうん頷いて見せてたりするので。
“…惜しいなぁ。”
ちょ〜〜〜っと話がズレてるかなぁと、思わないではなかったけれど。納得してくれたのならそれでよしとし、双璧のお兄さんがたは改めて我らが船長さんの方へと視線を戻した。
「………。」
あの程度の雑魚が相手なら、冗談抜きにだからこそルフィがわざわざ相手をするまでもないと、実をいえばゾロだって思わなくもないのだけれど。一応はあの野郎こそが相手陣営のボスであるらしいし、それに…行方が知れなくなったお兄さんを俺たちが探してやると、リサちゃんに直接約束したのは他でもないルフィだったからね。その約束の総仕上げ、悪事の大元の親玉ならば、ルフィの手で伸して鳧をつけるのがスジだということ。意識したらしい船長さんだと、ゾロの方でも受け止めての流れであるのだろうからね。
「…。」
手出しをしないぞと自分に言い聞かせる枷の代わりか、分厚い胸板の上へ、やはり雄々しき腕をがっちりと組んでいる剣豪さんを盗み見て、
“…なんだかねぇ。”
サンジとしては、そんな気構えを見せる彼へも苦笑が絶えない。今さっきリサちゃんへとシェフ殿が口にした理屈は、そんなに的外れなものではなくて。腕っ節の関係とは別の次元の“心”の問題。大仰に言って“プライド”とか“侠気おとこぎ”とかいうものを踏みつけにする格好でルフィを傷つけたくはないからと、好きにさせているゾロであるのだが。
“詰まらない相手ほど、思いも寄らない姑息な手管を繰り出す場合も多いからな。”
しかも、卑怯上等、生き残った者の勝ちというのも、この荒らぶる海では暗黙のうちの了解事項であり、どんなに姑息で狡い手を使おうと勝った方が強くって、強い者の主張がまかり通るのが、海の世界での不文律である以上。どんなに下っだらない相手であれ、油断はしないで、絶対に後れは取らないでいなくちゃならない。それを思えば、格下の詰まらない相手との諍いにわざわざ大ボスが出て来ないのも、実は卑怯でもなんでもなく、理を尽くした段取り、ちゃんとした道理でもあるのだが。その点がまだまだ青いというのか、いやいや…姑息な奴もまた凌駕出来なきゃ“本物の勝者”ではないと思う彼なのか。乗せられやすいくせにマメに相手をしたがるルフィさんなのが困りもの。それもあって、剣豪さんとしては…出来ることなら船長さんにはいつだって、後方・殿にてドンと構えていてほしいところなのにね。妙なところで…時には間違った格好にて、信念とか侠気とか意識しちゃうルフィだったりするもんだから。それさえ尊重してやりたくてと、一番苦手な種類の我慢を強いられて、自分も苛々と辛かったりする気の毒な彼であり、
“ま、それもまた、厄介な男に惚れちまった自業自得ということで。”
そんな厄介な存在を自分が従うキャプテンにと敢えて選んだのも、はたまた、庇いたきゃ飛び出しゃいいのに、それではルフィが納得しなかろうと、そんな彼の好きにさせてやるんだと決めているのも、他でもない剣士さん本人であるのだから。せいぜい苦しんで我慢して、その忍耐のほどを極めればいいさと。月光が照らす金の髪やら細い鼻梁の稜線のその陰にて。ちょいとシニカルに笑ってしまう、シェフ殿だったりしたのである。
「いくぜ、童っぱっ!」
「おうっ!!」
◇
例に漏れず、やっぱり騒動が起こっちまった上陸だったけど、のっけに暴れたせいで気が済んだのか(誰のだ?)、その後は問題もなく。翌日は朝からいろいろな市場が立ってたとこを見て回り、穫れたて穀物から新鮮野菜に、出来の良い乳製品や肉にハムと。質の良いもの、たっくさん仕入れさせていただいて。それからその晩の祭りの本宮では、リサちゃんがそりゃあ可愛く舞った“稚児舞い”とか、大きな炎筒から吹き出す火の粉をキャーキャーとはしゃぎもってかぶって回る、縁起物の“火炎舞い”とかいうのも堪能させていただきました。
え? 取っ捕まえた賊どもはどうしたかって? ボスとの一騎打ちはって? ああ、あいつはただ単に、一味を組んでた連中の“元・上役”兄貴分だったってだけの頭目だったらしくてね。結構な馬鹿力持ちではありましたが、ルフィがゴムゴムの槍で蹴っ飛ばしてあっさりと仕留めましたよ。妙に押し出しが意味深だった割に、大した相手じゃなかったらしいってやつ。そうそう、またぞろ…自分が出てきゃあ一瞬出方がつくのにと思いつつ、ルフィのためだと、我慢の子でいようと構えてたゾロが、お見事に肩透かしを食らってどんだけ渋いお顔になったことやらだった訳だけどもね。(笑)だだサ、ちっとばかし話が単純じゃなかったらしくてさ。祭りの屋台ってのは、あれでも一応“利権”ってのが絡むせいか、誰でも彼でも店が出せるって簡単なもんじゃない。その土地々々や海域毎に、裏の世界のちょっとやくざなその筋の方々が、協約を結ぶなり叩き合いをするなりして、現場で揉めないように取り仕切ってるのがまあ普通なんだ。だって、肝心な儲け時、祭りの最中にまで喧嘩になってしまっては文字通り商売にならないだろう? そんな詰まらないことで実入りが減るよりも、持ちつ持たれつで協力し合って沢山儲けたのを分配した方が利口だと、たいがいの土地ではそういう合意があっての共同体が、商売を切り盛りしているものなんだけれど。今年のこの島の祭りは少々事情が違ったらしくてな。リサちゃんがいつものお宿に泊まってるおじさんが今年に限ってはいなかったと言ってたのも道理で、何とあいつら、今年いきなり現れた、海軍崩れの無頼連中だったらしいんだ。大方、海軍時代に得た情報を元にしてこの島へと目をつけやがったんだろうし、やっぱり“顔の利く海軍へしょっぴくぞ”なんて言って、本来のここいらの顔役だったその筋の方々を強引に引き上げさせてもいたらしくてサ。そういったこもごもを、そりゃあ優しく(え?)そりゃあ丁寧に(え??)訊き出したその上で。祭り当日の朝早く、一味の連中をひとからげに縛り上げた上で、沖での巡視をしていた何にも知らない海軍の船へ、ウチの船長がゴムゴムのバズーカにて空飛ぶ直行便でお届けして差し上げたって訳だ。そんだけのことが、なのにさして騒ぎにはならなかったらしいのは、ナミさんがロビンちゃんと一緒に書いて持たせた(頭目の上着に縫いつけた)手紙の効果があったせいであるらしく。事もあろうに“偽金計画”と来てはさしもの海軍だとて黙ってはおれず、しかもそれを知ってて、そいつらを畳んだ存在もいるとあってはね。追及されぬよう知らん顔を決め込みたければ、当事者たちを現場からいち早く遠ざけるのが一番ってことで。ある意味“海軍の恥”が公けに広まらぬよう、騒ぎを起こさぬまま、てきぱきと収容&搬送しやがったんだろうさ。何でだようと、悪い子としたのはホントなのに隠させといていいのかと、チョッパーやリサちゃんは少々怒ってもいたけれど、
『良いのよ、これで。』
確かに、悪いことをしたらそれ相応の罰が下るのが、専門用語で“因果応報”って言って正しい世の中の決まりではあるけれど。その“世の中”ってのは時々複雑だから杓子定規に行かない場合も多々あって。
『たとえばネ? 海軍には、困ってる人を助けてあげたいっていう、心から真面目な海兵さんたちだってうんといるんだろうに、あの連中のやったことで、何〜んだ日頃偉そうにしているが海軍にだって悪党は居るんじゃんかなんて言われたらお気の毒でしょう?』
ありがたいナミさんのお言葉へ、どっからそんな言いようが出てるかなと余計なことをボソッと呟いたマリモは俺様が蹴っといてやったが。
『それに。今度のことが明るみになっちゃったら、被害者だった職人さんたちまでもが、腕前を見込まれたことより“迂闊にも馬鹿な誘いに引っ掛かってよ”なんて、街中の人達から笑われちゃうかも知れないし。』
『う〜〜〜。////////』
そうなると、自慢のお兄さんまで笑い者にされるから。海軍の都合はどうでも良かったらしいリサちゃんも、結局は黙らざるを得なかったらしい。それに、そいつらがそそくさと本部へ戻ったお陰様、ちょっとばかり警戒の陣幕も薄くなったんで、俺らも島からの脱出はしやすかったけれどもな。
『そんなことより、それ。』
ナミさんが指差したのは、リサちゃんのつやつやな黒髪にいや映える、銀の細かい短冊がひらひら躍り、縮緬のリボンと純白の羽根のふわふわが揺れる、そりゃあ艶やかな簪かんざし飾り。出来立てだろうお飾りを、小さく結ったお団子の縁へと、誇らしげにさしていたリサちゃんだったからで、
『お兄さんが作ってくれたのね?』
『うんっ!』
間に合って良かったって嬉しそうに笑い、真っ白な小袖の上、袂の裾からとか身頃の裾から緋色や緑のぼかしが入った紗の単(ひとえ)を重ね着た、それは愛らしいお稚児さんの衣装のリサちゃんが、皆の前にて くるりと回って見せてくれて。可憐なお花みたいだったお嬢ちゃんの晴れ姿も存分に堪能してから、お祭りが終わり切ってしまう前に、混雑を避けて早めの出港をした俺たちだったのだけれども。
「…あっ!」
問題なく沖合に出たところへ、ふと島の方を振り返ったチョッパーが夜空を指さして見せ、そこへと灯ったのが、それは華やかな花火の数々。
「お祭りが終わったのね。」
「こっからあんな大きく見えるってことは、相当大きな花火だぞ?」
「そうね。ああいう方面の技術も持ってる豊かな島だったのね。」
さすがに音は遅れて届いて、どんどどんと遠いのが何だか仄かに寂寥感を誘いもしたけど、
「それにしても、お兄ちゃんをどこやった、緑頭…は良かったわよね。」
物凄い啖呵があったもんだと、今回の騒動を振り返ってクルーたちが笑う。怖い者知らずのお嬢さん。この島にだってゾロやルフィへの手配書は貼ってあったのにね。まあ、剣豪さんの方は凄まじいまでに怖いお顔での触れ書きだったから、気がつけという方が無理だったのかもしれないが。海軍崩れの悪党もいれば、海賊なのに結果的には善行ばかりを施してしまう輩もいる。誇りを忘れた、器の小さい“外道”に成り下がりたくはないだけと、そんな言い方をする彼らだけれど、あのね? それでもね?
「あのな、ルフィ。」
「んん?」
「あの程度の雑魚相手にお前が出てくのは、勿体ない話なんだぞ?」
「雑魚って?」
「連中の頭目のことだ。」
「ああ、あのブタな。」(まだ言うか/笑)
「ああ。あの豚だ。」
「勝ったのに何でだよ。」
「何ででもだ。」
世の理(ことわり)とか、合理主義とか。男の意気地と平行して存在する、世の中の仕組みのあれやこれやに関しては。細かいところに関しては、自分だって知らないし、実は実はどうだっていい。ただ、君の身を案じると…不安も我慢もキリがなく、ほんに人の気も知らないでと、あまり言葉を知らない中から、何とか言い諭してみようとしている剣豪さんと。そんな彼の懐ろにちゃっかりと収まって、お説教なんて話半分に聞き流し、秋の宵の潮風よりも温かい隠れ家へ、ごそごそもぐり込んで早々と、いつでも眠れる態勢なんかに入っていたりするお調子者と。甲板のどこぞかへこっそり不法乗船したらしき秋の虫が、りりりり・ころころ、涼しげな声で鳴いているのにも気づかぬままに。互いの温度へ、互いの匂いへ、我知らず、口許や頬を緩めていたりする、結局は“やってなさい”の二人だったりするのでございます。
――― ただ今、3番ホームを速足の秋が通り過ぎます。
どちら様も、お風邪など召されませぬように。
〜Fine〜 05.10.18.〜11.09.
*カウンター192,000hit リクエスト
いちもんじ様 『ゾロとルフィお互いが相棒であることを再確認』
*サンジさんもつけて下さいとのことでしたので、
久々のサンジさん語りにしてみましたが、それはともかく。
二人の相棒らしさはあんまり出せなかったような気が…。
だってこの人たち、あんまり人の話とか聞いてないし、
方向音痴と鉄砲玉ですから、戦いがからむと単独行動大得意ですしねぇ。
………あ、そうか。何も戦闘をからませなくて良かったのかも。
迷子を家まで送ってやるとか、そしたら今度は自分たちが迷子になるとか。
そういうお話でも良かったんだろうか、もしかして………。(っが〜ん☆)
*そいや本誌の方では、このエピソードで連載が終わるんじゃないかってほど、
これでもかと“ゾロル”なんだそうで。(おいこら不吉な)
ついに合体技まで出たと聞いた時は、
そんなそんな、お取っときの最後の奥の手まで出しちゃうなんて、
今回で一段落なんてことではないでしょうね、尾田センセー…と、
余計な心配までしちゃったおバカな一ファンだったりします。
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